self-expression 2
すっかり日が暮れてしまった海辺で、パチパチと音を立てて炎が上がる。
どのくらいの時間が経ったのかは分からなかったが、キュウはわりかし早くリュウの元へ戻ってきた。
「お待たせ!暗くてよく分かんなくってさぁ」
そんなことを言いながら戻ってきたキュウの腕には、どこからかき集めてきたのか大量の小枝や木の葉が積み重なっていた。
「ここからちょっと離れた所にビニールシートが落ちててさ。それを捲ったら下に乾いた枝が落ちてたんだ。
キンタ達が帰ってくるまでの寒さ凌ぎくらいはできそうだよ」
そう言いながら、キュウは集めてきた枝や木の葉を地面に下ろし、適当に形を整えて火をつけた。
シートの下に隠れていたとはいえ、僅かなりとも湿気を含んだ小枝や木の葉は、最初真っ白な煙をもくもくと上げていたが、
程なくしてパチパチと音を立てながらオレンジ色の炎を上げた。
キュウの手際のよさに、リュウはぼうっと見入っていた。
そう言えば以前、小さい頃から夢中になるとよく時間を忘れて野宿なんかをしたと言っていた。
きっと、こういう事には慣れているのだろう。
「どう?少しは暖かい?」
「…ん……」
炎は決して大きいものではなかったが、確実に肌に熱を与えてくれた。
キュウは、身体に纏わりつく濡れた上着衣を脱いで、焚き火の側に置いた自分の鞄に引っ掛けると、
膝を抱えてうずくまるリュウの隣に座った。
「近くにあったから思わず来ちゃったけどさあ、やっぱ入るにはちょっと寒かったね」
「……当たり前だよ。九月ももう終わるって時期に……」
「だよねぇ。あはは……ごめん」
どことなく不機嫌そうなリュウの声に、キュウは少々気まずそうに頭を掻いた。
「…そういえばさ、俺がリュウと初めて出会った霧咲島の時も、帰る前に皆で海で遊んだよな」
「……ああ」
「あの時、リュウは俺らから離れた所で見てるだけだったけど、今日は一緒にずぶ濡れだし」
「……そうだったかな」
「そうだった」
クスクスとキュウが笑う。
「リュウ、変わったよね」
「え……?」
虚ろな視線をキュウに向ける。
「何ていうか…分かりやすくなった」
「………」
「俺、今のリュウの方が、前より好きだよ」
「………っ」
キュウの真っ直ぐな視線が注がれる。
予想もしていなかった突然発せられたその言葉に、リュウの胸はドクンと脈打った。
悟られないように、真っ直ぐに合わせていた視線をキュウから引き剥がす。
「ほらね、分かりやすい」
「…何が?」
「顔、赤いよ?」
「…っ!これは……炎のせいだよ」
思わずむきになって答える。
「やっぱさあ、素直な方が全然いいって〜」
「だから…ッ」
しつこく言ってくるキュウに否定の言葉を浴びせようとしたが、きっと何を言っても同じことの繰り返しだ。
その光景は、あまりに子供じみている。
出掛かった言葉を飲み込んで、火照った顔を膝に埋めた。
「キュウは素直すぎて困る…!」
困ったような皮肉のような、どちらとも取れないニュアンスを含んだ声に、キュウは苦笑を漏らした。
話が途切れ、焚き火と波の打ち寄せる音だけが響く中、リュウの頭の中ではキュウの言葉だけが何度もリバースしていた。
―――――『リュウ、変わったよね』
素直になったかどうかは置いておくとして、確かに変わったのかもしれない。
未来の名探偵を志す者が集うDDSの中で、自分は、こともあろうに団守彦の宿敵・冥王星の後継者として、
祖父に言われるままにDDSに通いだした。
だから元々、同じクラスだから、仲間だからなどといった、馴れ合いの関係なんか望んでいなかった。
そもそも、幼い時から親しい友人を持つことは禁じられていた。
他人を頼る必要のないよう、様々な分野で徹底的に教育を受けてきた。
結果、大抵の事は自分で解決できるまでになった。
しかし、それは自分のメンタル面にまでは及ばなかったようである。
一人の少年に出会い、初めて人の温かさというものに触れた。
ただそれだけの事実。
いつもの様に、一つの知識として習得してしまえばそれで終わりの筈だった。
しかし、それは単なる知識としては処理されず、代わりに得た知識は、人間の弱さは人から与えられる温かさから生まれるものだという事。
たった一つの新しい“感覚”を得ただけで、自分はこんなにも弱い人間になってしまうのかと思うと酷く落胆する。
少なくとも自分は、そんなもの知らない方が良かったのだ。
しかし、事実知ってしまった。
いつまでも彼らと共にあるなど出来ないという事は、初めから分かっている。
目の前に待ち受ける運命の輪は、あまりに強大だ。
その輪の中に引きずり戻された時、この気持ちをどう受け止めればいい?どう処理すればいい?
僕は、僕であり続けられるのか……―――――?