self-expression 3






















 炎の加減を見ながら集めてきた枝を投げ込んでいたキュウだったが、ふと見るとその枝も残り僅かになっていた。

 時計を見ると、キンタ達が小屋に向かって一時間程が経過していた。

「キンタ達遅いなあ…。どこまで行ったんだろう。メグがいる限り、道に迷うなんて事はないと思うけど……」

 完全に闇に包まれた辺りを見渡すが、人のいる気配など全く感じられなかった。

 心配になって、キュウはすっと立ち上がった。 

「リュウ、俺ちょっとその辺見てくるよ」

 言葉と同時に足を進めようとしたキュウだったが、全く反応を見せないリュウを不審に思って視線を落とした。

「リュウ?」

 呼びかけても返事が無い。

「眠ったの?」

 再び腰を下ろして、膝に埋めた顔を覗き込む。

 膝と腕にすっぽりと覆われて表情は全く分からなかったが、よく見るとその細い肩は小刻みに震えていた。

 キュウは、さっと顔色を変えた。

 そう大きな炎でなかったとはいえ、一時間近くも火のすぐ側にいたのだ。

 一時的に冷えた身体を温めるには十分な時間だった筈だ。

 現に、あんなに凍えていた自分も今となっては寒さなど全く感じないほど完全に回復していた。

「リュウ?」

 顔を近づけてもう一度呼びかける。

 波の音に混じって、荒い呼吸が聞こえた。

 間違いない、身体を冷やしたせいで体調を崩したのだ。

「リュウ、大丈夫?」

 震える肩に手を掛けて、半ば強引に体勢を起こす。

 バランスを失った身体は、力なくキュウにもたれかかってきた。

「……!」

 素肌に直に感じたリュウの体温は、尋常な熱さではなかった。

「何で早く言わないんだよッ!」

「……ご…めん……」

 僅かに掠れた声が漏れた。

「…ッ、違う…ごめん。俺が悪いんだ。俺が我が儘言ってこんな所に来たから……!」

 キュウは、唇を強く噛み締めた。

「キュウのせいじゃ…ないよ…。疲れが…溜まってたんだ……。それがたまたま…今出たんだよ……」

 リュウは、苦しげに笑みを零した。

「…俺、人を呼んでくる。すぐ戻るから、少しの間だけここにい……」

「待っ……!」

 リュウは、立ち上がろうとしたキュウの腕を、力のこもらない手で必死に掴んだ。

「……頼むから、行かないで…くれ……」

「でも……」

「お願い…だから……」

 一人になりたくなかった。

 この深い闇に引きずり込まれそうで、怖かったのだ。

 キュウは、必死で懇願してくるリュウが酷く痛々しく見えて、思わずその華奢な身体を抱き締めた。

「…キュウの体温…気持ちいいね……」

 耳元を、吐息交じりの声が掠めた。

「誰かに…抱き締められたのって……これが初めて…かな……」

 ふふ、と力なく笑う。

「守られてるみたいで…なんか…落ち着く……」

「リュウ……」

 普段の凛とした様子からは想像も出来ないほど弱々しく儚げな姿に、キュウは言葉で言い表せないほどの切なさと愛おしさを感じた。

「…大丈夫だよ。俺が守るから…。何があっても俺、リュウの事守るから……!」

「…うん……」

 消え入りそうな程微かな声を最後に、リュウの身体から力が抜けた。

 そっと身体を離すと、緩やかに弧を描く長い睫毛が濡れているのに気付いた。

「…絶対に、守るから……!」

 目元から零れそうな雫をそっと拭い、もう一度強く抱き締めた。




 キンタが戻ってきたのは、それから十分ほどが過ぎてからだった。

 話によると、途中でメグまでもが体調を崩し、本道で車を捕まえて一旦メグを連れて旅館に戻った後、 旅館の車で再びこの場へ戻ってきたとの事だった。 

「おいおい、リュウもかよ!…こりゃメグちゃんより酷そうだな…。よし、俺が担いでいくから、お前は皆の荷物を持ってこい」

「うん、分かった」

 手早く支度を済ませ、急ぎ足で暗く急な坂を上り、車で待機していたカズマが検索した夜間診療をしている病院へ直行した。

 発熱の原因は、やはり急激に身体を冷やしたせいだという事だった。

 点滴を打って旅館に戻る頃には呼吸も安定し、大分楽になったようだった。

 翌日、一旦五人揃ってDDSに事後報告に行く予定だったが、帰りの新幹線の中でこともあろうにカズマまでがダウン、 リュウとメグは用心の為そのまま帰宅し、結局キュウとキンタの二人で報告に出向いた。

 団に面子の揃っていない事を問いただされて窘められる羽目となったが、どうにか事なきを得た。




「ただいま〜。リュウ、起きてる?」

 勢いよく階段を駆け上がる音が聞こえたかと思うと、そろりと開いた襖の隙間からキュウが顔を覗かせた。

「おかえり、キュウ。起きてるよ」

 リュウは、読んでいた小説を閉じてキュウに笑みを見せた。

「あーもうっ、こんなの読んでちゃ駄目じゃん!まだ熱も完全に下がってないのに!」

 バタバタと駆け込んで来たかと思うと、手の中の小説を奪い取られた。

「だ、大丈夫だよ。本当なら、DDSに事後報告に行くくらい出来たんだし」

「駄目!油断大敵って言うだろ。それに、リュウが熱を出したのは俺の責任な訳だし……」

「…それは違うって言っただろ?僕の体調管理が出来てなかっただけだよ」

 しゅんとするキュウを宥めるように、優しく笑いかける。

 キュウは暫し黙りこくると、突然リュウを胸の中に強く抱き締めた。

「え…な、何?」

 唐突なキュウの行為に、リュウは僅かに声のトーンを上げた。

「…辛いこととかあったらさ、遠慮しないで頼っていいから……」

「え……」

 キュウの言葉に、トクンと胸が鳴った。

「リュウってさ、たまに危なっかしいっていうか…こっちが辛くなるくらい無理してるような時があるんだよね」

「……そんなことは…」

「いや、あるよ」

 否定の言葉をすぐさま遮られる。

「詳しくは聞いてないけどさ、リュウってその…常に監視さてるような…ちょっと特殊な環境で育ったんだろ? だからきっと、無意識のうちに自分と他人とを隔離するようインプットされちゃってるんだよ」

「………」

 反論しようとした声は、喉元で何かに阻まれたように出てこなかった。

「まあ、周りが手も足も出せないくらい一人で突き進んでる人なら、それはそれで何も言わないけどさ」

 キュウの表情が、キッと引き締まる。

「リュウは、人を求めてるように見えたから……」

 ピクン、と肩が揺れた。

「べ…つに……」

受け流そうと浮かべた笑みは、明らかに引き攣っていた。

「完璧な人間なんてどこにもいないんだ。自分にないものは、それを持ってる人に頼ればいいじゃん。 それってさ、俺が“キュウ”である、リュウが“リュウ”である一つの証なんじゃないかな」

「……ッ」

突如、過去の記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。


――――― それはこの間教えた筈だ。自分で思い出しなさい。

        その程度の事、自分一人で出来なくてどうする。

        甘えなど禁物だ。自分で対処しなさい。

        他人を頼るんじゃない。


        『ハイ、オジイサマ』 ―――――


 機械的な日常。

 “天草 流”というプログラミングされたひとつのニンゲン。

 この純粋無垢な少年のたった一言によって、その全てが今、一瞬にして崩れ去った。

「はは……」

 ぱた、と音を立てて、シーツに透明の雫が落ちた。

「本当に…敵わないな……」

 こんなにも暖かな涙が存在することを、リュウはこの時初めて知った。




 “温もり”など、自分には不要なものだと思ってた。

 知ったが最後、自分の弱さが露呈されてしまうから。絶対に甘えてしまうから。

 でも、きっとそれでもよかったんだ。

 自分が“リュウ”という“人”である為に、必要不可欠なものだったのだ。




 リュウは、自分を強く抱き締めたままのキュウの背中に、遠慮がちに自分の腕をまわした。

「こんなに人を頼りたいと思ってしまって、いいのかな……」

「うん、いいんだよ」

「人ばかりあてにする弱い人間になってしまいそうだ……」

「リュウは大丈夫だよ。どんな事があっても、最後にはきっと自分の力で立ち上がれる。俺、ちゃんと知ってるから」

「ふふ…。かいかぶり過ぎだよ。僕はそんなに強い人間じゃない」

「だからさ、一人で頑張らなくてもいいんだよ。俺さ、ずっとリュウの側にいるから」

「キュウ……」

「どんなに困難でも、時間が掛かっても、リュウが立ち直れるその時まで……」

「その時まで……?」




「俺が、リュウの事守るから―――――」    











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