“温もり”など、自分には不要なものだと思ってた。
知ったが最後、自分の弱さが露呈されてしまうから。絶対に甘えてしまうから。
でも、きっとそれでもよかったんだ。
自分が“自分”であれるのならば ―――――
self‐expression
「近くにあったから思わず来ちゃったけどさあ、やっぱ入るにはちょっと寒かったね」
「……当たり前だよ。九月ももう終わるって時期に……」
「だよねぇ。あはは……ごめん」
どことなく不機嫌そうなリュウの声に、キュウは少々気まずそうに頭を掻いた。
数日前、DDSにとある事件の調査依頼があった。
団守彦の後継者候補であるQクラスのメンバーは、難解な事件を見事解決し、現場となった別荘地から旅館へと引き返すところだった。
その途中、五人の…特にキュウとキンタの興味を引いたのが、壮大に広がる真っ青な海だった。
「折角だから行ってみようよ!この坂、獣道っぽいけど下の海水浴場に繋がってそうじゃん?」
「お、いいじゃねぇか。俺、今年の夏はバイト漬けで海なんて行く暇なかったしよ〜」
「僕はエンリョするよ。今年もハワイとグアムのプライベートビーチで嫌って程遊んだし」
「こいつ……」
「…取り敢えず、今日は戻った方がいいよ。そろそろ日も落ちる時間だし、遅くなったら旅館の人が心配するだろ?」
「そうよ。旅館へ帰るバスだって無くなっちゃうわ。せめて明日にした方がいいわよ。帰りの新幹線まで、結構時間あったでしょ?」
「え〜〜。……ちょっとだけだから!ねっ!!」
「え、ちょ…キュウ!!」
「待っ…引っ張んないでよ!坂が急で、あ、足が縺れ…!」
「うわ〜〜〜!!」
―――――結局、行くのを渋った三人もキュウとキンタに無理やり連行される羽目となった。
最初、キュウとキンタの二人だけで波打ち際で騒いでいたのが、いつの間にか浜辺で見守っていた三人も巻き込まれ、
徐々に膝下まで海水につけ、水の掛け合いにまで発展し、最終的に悪乗りしすぎたキンタによって全員海の中に思い切り放り込まれた。
九月とはいえ、昼間はまだ動けば汗ばむほどの陽気だった。
しかしされど九月、日が傾くにつれて気温は徐々に低下していく。
こんな状況下でキュウとキンタの「ちょっとだけ」など信用できる筈もなく、気付けば空と海は一面がオレンジ色に染まり、
辺りにポツポツとある民宿や民家には明かりが灯り始めていた。
ようやく浜辺に上がると、びしょびしょになった身体は冷たい風に晒され、騒いで温まっていた身体からは体温が一気に奪われた。
「もーっ、結局こうなるんだから!きっともうバスないわよ!!」
「わ、悪ぃ…。取り敢えず、火ぃ焚こうぜ。身体暖めねぇと風邪引いちまう」
「でも、昨日の雨のせいでこの辺に落ちてる枝なんかは燃えなさそうだよ?」
足元に落ちている湿り気を帯びた枝を拾い上げて、キュウが言った。
「あ!そういえば私、ここに来る途中で小屋を見たけど…」
「何かあるかもしれねぇな。よし、じゃあ俺がひとっ走り行ってくるか」
「私も行くわ!瞬間記憶で正確な位置を覚えてるから」
「ぼ、僕も行く!動いてないと、さ、寒くて…」
「じゃあ、俺とリュウはここでみんなの荷物を見てるよ」
キンタ、メグ、カズマの三人は、薄暗くなった林の中へと入っていった。
「とは言っても、ここでじっと待ってるのは流石に辛いかも。なんか風も強くなってきたし…。暗くなったらこの場所も分かりにくくなりそうだしなぁ」
寒さに粟だった肌を擦りながら、藍と橙がグラデーションした空を見上げながらキュウは独り言のように言った。
「ねえリュウ、この辺ちょっと探索してみない?焚き火が出来そうなものが何かあるかもしれないし。
……リュウ?」
キュウは、問いかけに全く反応を見せないリュウを不審に思って視線を向けた。
見ると、リュウは砂浜に座り込んでカタカタと身体を震わせていた。
「リュウ?!」
「…ごめん、寒くて……」
「大丈夫?」
キュウは、小刻みに震えるリュウの側に座り込んで、その腕に手を掛けた。
「……!」
キュウの手も相当冷たかったが、そこに感じたリュウの肌は更に冷え切っていた。
キュウは、慌てて持ってきていた自分の鞄を探ると、昼間、重ね着していたため暑くなって脱いだシャツを掴んだ。
「これ、濡れてないから早く着替えて!そのままじゃますます身体が冷えちゃうよ!」
「でも、キュウも…」
「俺は大丈夫だから、早く!」
キュウは、半ば強引にリュウの濡れた上着衣を脱がせると、少し皺のよったシャツを肩に落とした。
リュウの冷え切った肌に、心地よい温かさが染み渡った。
「いい?ちゃんと袖通してボタンも留めててよ!俺、何か燃やせるものないか探してくるから!」
語尾と同時に、キュウは浜辺に沿って茂る木々の中に駆けていった。
リュウは、未だ震えの治まらない自身の身体を抱き締めて、その後ろ姿を見つめていた。
「…敵わないな……」
僅かに笑みをこぼし、ポツリと呟いた。