E x i s t e n c e .
























「ここは…何処だろう……」





 周囲をぐるりと見渡す。

 灰色の空、枯れ果てた木々の群、霧と薄闇で辺りの状況をはっきりと把握できない。

 人は愚か、“生命”の気配が全く感じられないこの空間に、不安と恐怖心が煽られる。





 ここにいても、仕方がない……。

 そう思い、取り敢えず足を進めた。
























 どれだけ歩いたのか分からない。
 
 周囲は、相変わらず枯れた木々が立ち並ぶだけ。

 霧は一段と濃さを増し、進む先に何があるのかなど全く分からなかった。





 ふ、と歩みを止める。

 霧の中にぼんやりと浮かぶ人影。





「リュウ……」



 低く静かな声が響いた。

 途端、身体が恐怖の念に侵される。

 表情やいでたちは霞で殆ど分からなかったが、それが誰であるかという事は、 リュウにははっきりと分かった。





「こっちへくるんだ、リュウ……」



 ドクン、と心臓が跳ねた。



「何も迷う事はない……」



 穏やかな、しかしどこか威圧感を含んだその声は、リュウの心の奥底を深い闇で侵食する。



 誘(いざな)われるように、足を踏み出した。





「そう、それでいい……」



 一歩一歩、ゆっくりと足を進めるにつれ、闇は一層濃さを増す。

 脳を侵していた不安感はじんとした痺れとともに薄れ、闇にのまれる恐怖は いつしか安堵感へと変わっていた。 

 身体は、意思を失いかけていた。

 その時。





『リュウ!』





 はっとして、歩みを止める。

 力強い声が、耳を掠めた気がした。





「何をしている、リュウ……」



 間近で響いた声に、身体を強張らせる。



「さあ……」



 いつの間にか目前に迫っていたその人に、手を差し伸べられる。



「迷う必要などない……。お前の進むべき道は、既に決まっているのだから……」

「僕の…進むべき…道……」





 重い腕を、ゆっくりと持ち上げる。

 目の前の大きな手を取れば、全ての苦しみから解放される気がした。

 しかし。











『あきらめちゃ駄目だ!』











 再び響いた強い声。

 今度は確実に聞こえた。

 声の響いた背後を勢いよく振り返る。





 薄闇の中、ずっとずっと遠くにある微かな光を捉えた。





「何をしている……」



 はっとして、再び目の前の人物に視線を向ける。



「お前の行くべき道は、こっちだ……」

「…ぼ…くは……」





 差し出した手を、ぐっと握り締める。





「……僕は、闇の中の人間ではありたくない!」

「リュウ……!」





 踵を返し、闇の中の微かな光めがけて走り出した。





















 身体が重い。痛い。苦しい。

 きっと今来た道を引き返せば、この身体は楽になる。

 しかし、それでも足を止めることはなかった。





 光を手にしたかった。





「所詮、無駄な足掻きです」





 突如、視界から光を奪われる。

 行く手を阻んだのは、真っ黒なスーツに身を包んだ一人の男。





 リュウは、弾かれたように一歩後ずさった。

 無意識のうちに身体を強張らせる。





「申し上げた筈ですよ…?」





 男は、しなやかな動きでリュウの目の前に手を差し出した。

 握られていたのは、呪いの花言葉を持った、漆黒の闇を思わせる一輪の黒バラ。











 『貴方はあくまで私のもの』











 リュウの表情が、恐怖一色となる。





「血の運命からは、逃れられません……」





「……っ!」





 突如、闇が辺りに勢いよく広がった。





「い…やだ……」





 灰色の空も、枯れ果てた木々も、その存在を闇に掻き消されていく。





「嫌だ……」





 そして。





「嫌だ ――――― !!」











 闇にのまれた儚い光は、跡形もなく消え去った。










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