E x i s t e n c e  2























「う〜〜ん……」

 とあるホテルの一室で、キュウはふっと目を覚ました。

 ベッドサイドの時計に目をやると、時刻は深夜二時をまわったところだった。

「こんな時間に目が覚めるなんて、我ながら珍しいなぁ……」

 目をごしごしと擦りながら、ぼそりと呟く。

「明日は朝早くから捜査に行かなきゃならないのに〜…あ、もう今日か…」

 半分寝ぼけながらも変なところで冷静な考えを巡らせながら、バサリと音を立てて 布団を頭から被る。

 その時。

「…ん……」

 隣で小さな声が聞こえた。

「あ、ごめんリュウ!起こしちゃった?」

 焦ったように再び布団から顔を出して、隣のベッドで眠るリュウに問いかける。

 反応はない。

「…寝言かな……」

 明かりを完全に消していて表情はよく見えなかったが、どうやら起こした訳では なさそうだった。

「……寝よう」

 再びもそもそと布団に潜りこむ。

「ん…ぅ……」

「リュウ?」

 再度聞こえたどことなく苦しげな声に、キュウは気になってリュウの顔を覗き込んだ。

 整った顔が、苦しげに歪んでいるのがぼんやりと見て取れた。

「ねえリュウ、大丈夫…?」

 布団の上から軽く揺すってみる。

 しかし、起きる気配はない。

 リュウにしては、珍しい事だった。

「…や…だ……」

 状態はどんどん悪くなっているようだった。

「嫌…だ……っ!」

「リュウ!」

 普通ではない状態に、その身体を強く揺すった。

「ッ!!」

 弾かれたように、リュウは瞳を見開いた。

 勢いよく身体を起こし、荒い息をつく。

「どうしたんだよ?!大丈……」

「や…やだッ!」

 キュウに手を掴まれた瞬間、リュウは激しく抵抗を見せた。

「嫌だッ、離……」

「リュウッ、俺だよ!キュウだよ!」

「……ッ!」

 その言葉に、リュウは抵抗をピタリと止めた。

 それまで必死で振り払おうとしていたキュウの手を、今度はしっかりと握り締める。

 縋るように掴んだその手は、小刻みに震えていた。

「明かり…明かりを……!」

「明かり…?」

 キュウは、言われるままにベッドサイドのライトに手を伸ばした。

 闇一色だった部屋が、柔らかなオレンジ色の光に包まれる。

「…キュウ……」

 僅かに潤んだ綺麗な瞳が、真っ直ぐに向けられる。

 額からは汗が流れ、もともと色白の肌は、血の気を失って蒼白になっていた。

「一体どうしたんだよ、凄いうなされてたよ!?」

 キュウは、片手にしがみついて震えているリュウの手を、空いたもう片方の手で そっと包み込んだ。

「あ…ご、ごめん……!」
 リュウは、この時初めて自分がキュウの手を握り締めていた事に気付いた。

 弾かれたように、慌ててその手を離す。

「な…何でもないんだ、ホント……」

「リュウ……」

 キュウは、リュウが未だに震えのおさまらない手を必死で押さえ込もうとしているのを 捉えた。

「でも、リュウ絶対おかしいよ!いくら悪い夢見たからって、ここまでなるなんて……!」

 キュウは、ブランケットを強く掴んだリュウの手を再び握り締めた。

「キュウ……」

「辛い事とかさ、話すと結構楽になるもんだよ?俺、少しでもリュウの力になりたいんだ……」

「………」

 手から、キュウの暖かさがじんと伝わる。

 思わず胸が脈打った。

 『甘えたい』と。

 しかし―――――。

「…これは、僕の問題だから…キュウが気に掛ける事はないよ……」

 気持ちに反して搾り出した言葉は、僅かに震えていた。

 心は、思いのほか動揺していた。

 それを悟られまいと、心配げに注がれる視線から逃れるように俯いた。

「気にならないわけ無いだろ!」

 強い声が部屋中に響いた。それと同時に。

「…ッ!」

 強く、抱き締められた。

「キュウ……ッ」

 予想外のキュウの行為に、リュウは声を上げた。

「リュウが苦しんでるのに、放っておけるわけないじゃん…!リュウは頭良いし、 俺なんて全然必要ないかもしれないけど、でも、こんな時くらい頼って欲しいんだ…!」

 キュウは、予想以上に華奢なリュウの身体を更に強く抱きしめた。

「リュウが……好きな人が苦しんでる姿なんて、俺、見たくないから……」

「え……?」

 キュウは、リュウを抱き締めたまま何も答えなかった。






 どういう感情の元でキュウの口からその言葉が出てきたのか、リュウには分かりかねた。

 しかし、その言葉を聴いた瞬間、心に温かさが宿ったのは事実だ。






 生まれてこのかた、愛情と呼べるものを与えてもらった記憶はない。

 物心ついたときには両親は既になく、周りにいたのは世話係と銘打った監視役と、 血だけで繋がった祖父だった。

 その中に存在していたのは、『天草 流』ではなく『冥王星の後継者』としての自分。






 闇の中にあることが自分の宿命で、それ以外の場所に在る事など考えられなかった。

 けれど。






 心の深層部分では、光に憧れていた。

 その事に、自分自身気付いてすらいた。

 気付いていながら、敢えて気付かない振りをしていた。






 そうする事が、無力な自分が存在していける唯一無二の方法だったから。






 でも、今は違う。

 確かなぬくもりを与えてくれる人がいる。

 あんなにも憧れ、しかし半ば諦めかけていた光を眩しいほどに与えてくれる人がいる。






「呼んでくれたのは、キュウだったのか……」

「え、何?」

 思わず口をついてしまった言葉に、キュウが反応する。

 抱き締めていた身体を離して、真っ直ぐに視線をあわせる。

「あ、いや、何でも……」

 至近距離にあるキュウの顔が、僅かに曇った。

“俺、少しでもリュウの力になりたいんだ―――――”

 ふと、リュウの表情が綻んだ。






「…夢の中で、僕を呼んでくれたのはキュウだったのかなって……」

「え?」

「…キュウがいてくれれば、きっと僕は、光の中を進んでいける……」

「どういう……」

 言葉を遮るように、リュウは一度離れたキュウの胸に遠慮がちに顔を寄せた。

 規則正しい鼓動の音が優しく響く。

 あんなに動揺していた自分が、この温かな胸に包まれたとたんすっと楽になった。






 キュウは、もっと明確な自分の言葉を求めている。

 しかし、今はまだ、真実を全て話すことは出来ない。

 こんな事を言うのは、キュウを上手く誤魔化していることになるのかもしれない。

 でも、これが今の自分の正直な気持ちだから……。






「キュウは、充分僕を救ってくれてるよ」

「え?」

「…言葉にしなくても、ココにいるだけで楽になれたから……」

「リュウ……」

 キュウは、再びリュウを強く抱き締めた。









 このまま平穏な時が続くはずはない。

 僕の心も、このままいつまでも安らいでいられるわけがない。

 闇は、必ず襲ってくる。






 でも、その時はきっと、決して掻き消されることのないこの強い光が、 僕を導いてくれるから――――――。










E N D.