「悪ィ、今は興味ねぇんだ、そういうの…」 普段と変わらない淡々とした、けれどどこか気遣うような口調。 この声を、言葉を、これまで一体何度耳にして、何度安堵の溜息を漏らした事か。 この想いに無自覚な頃も、自覚してからも ――― 。 言える訳ない、そんなこと、君だけには 強い風が校庭の木々を揺らし、その音に混じって、ユウと向かい合っている女子生徒の声が耳を掠めた。 葉擦れの音が邪魔をして何と言っているか聞き取る事は出来なかったが、声のトーンから察するに面倒な事態に陥るような事を告げている訳ではなさそうだ。 何であれ、最早俺には彼女の言葉などどうでも良かった。 ただ、ユウが彼女の告白を受け入れなかった、その事実だけで十分だった。 僅かな言葉の後に、じゃり、とアスファルトを蹴る音が聞こえ、小走りに駆ける足音が遠ざかっていった。 それに続き、革靴の硬い踵の音が、建ち並ぶ校舎の壁面に甲高く木霊する。 ユウからは死角になる校舎の陰のベンチに、特に身を隠す訳でもなく腰を落ち着けていた俺は、すぐそこまで迫ってきていた足音の主との対面に備えて、小さく息を吐き出した後に口角を引き上げた。 規則正しく響いていた足音が、すぐ横でピタリと止まった。 「……また聞いてやがったのか、お前」 「偶然さ」 敢えて逸らしていた視線を上向けると、西に深く傾いたオレンジの陽光を一身に浴びてその存在を一層際立たせる幼馴染、神田ユウと目が合った。 「その“偶然”が、一体今まで何度あった」 「そんだけ何度も告られてちゃ、“偶然”の回数も増えるさ」 俺は、夕日の強い光を含んだ切れ長の目で睨み付けるユウを茶化すように、にっと笑って見せた。 “偶然”というのは、半分は嘘だ。 俺はこれまでに、今回のような現場を何度と無く目にしてきた。 後をつけるなんていう悪趣味な事をしていた訳ではないが、ユウと過ごす時間が多い俺は、そういう現場に出くわしてしまうことも稀ではなかった。 偶然を装って直後に顔を合わせたのは、そのうちの一握りの回数にしか過ぎない。 ユウは、あの容姿に加え全国大会にも出場する程の剣道の実力者であるせいで、校内外問わず否が応でも目立つ存在だ。 性格こそとっつきやすいとは言い難いが、それでも好意を抱く人間は多い。 現に、こうやって告白という行動にまで至った女子生徒が、自分が見てきただけでも一体何人いただろうか。 その度にユウは、決まり文句のように「興味ない」と断り続けた。 そして、その言葉を聞いた数だけ、俺は密かに安堵の溜息を漏らしてきた。 俺は、ユウの口から恋愛の類の話を殆ど聞いた事がない。 一度しつこく問い詰めたら、一言「剣道に集中したいんだ」とだけ言った。 実際、ユウは殆どの時間を剣道と学校に費やしていたし、一緒にいる時間が最も長い俺も、受験の時期を控えたここ最近はせいぜい互いの家を行き来する程度だ。 ユウが、その僅かともいえるプライベートな時間を苦も無く誰かと共有してこられたのは、他ならぬ自分だからこそだと、俺は自負していた。 唯一、ユウが心の底から気を許せる人間 ――― “幼馴染”である、自分。 しかし、そこには所詮、一線を越えた確かな繋がりなど、存在するはずもない。 「…ビ、ラビ!」 「…ッ」 呼ばれて、飛ばしていた意識を瞬時に引き戻される。 「一緒に帰るつもりで待ってたんだろ?」 ユウは、ベンチの上に無造作に置かれた二人分の鞄とコートにチラリと視線を移した。 「え、あ…うん」 思考が定まらずしどろもどろに答える俺を、ユウが訝しげに見下ろす。 「なにぼーっとしてんだ。こんな寒い中で待ち伏せなんかして、風邪でも引いたんじゃねェだろうな?」 「はは…、そうなんかな?」 ユウはふざけ半分で笑う俺にチッと舌打ちすると、ピンと伸ばしていた背をゆるりと折って俺の横にある自分の荷物をごそごそと探り出した。 ユウの華奢な身体が眩しいほどの夕日を遮り、俺に濃い影を落とす。 顔を少し横向ければ、息遣いさえ届きそうなほど間近で形良いユウの横顔が目に映る。 強い風が校舎の隙間を吹き抜ける中、俺とユウの間に出来た小さな空間だけは風が凪ぎ、馴染みのあるほのかな香りが鼻を掠めた。 『ユウの匂い ――― 』 今はまだ、当たり前のようにそこにある、温もりや、香り。 それを「当たり前」と呼べなくなる日が、きっといつかやって来る。 今という時が、いつまでも続くはずなどない。 手放したくない。 けれど、繋ぎとめておく術などない。 俺に、ユウを縛り付ける権限などあるはずもない。 だけど。 だけど ――――― 最後に視界を掠めたのは、驚いたように目を見開くユウの顔。 気付くと俺は、力の限りを込めてユウを抱き締めていた。 Continue.
ラビがヘタレでスミマセン。。。 長いので一旦切りましたが、同じお題で続けるか、次のタイトルに移すかは未定です。 お題;『不器用な恋に10のお題』より。 06.03.10 |